2009年 11月 29日 ( 1 )

#21  再発の不安

  今、ある奇跡5年後生存率64%を乗り越え~ 
    
        これは、私自身が体験した実話です。
        今、ご本人もしくは大切な人が、病と闘ってる方々に、
        少しでも勇気を与えることができれば 光栄です。


  
  とりあえず、6クールの抗がん剤治療が終了した。
  5クール目と6クール目に 合間があったので、それも含めると
  8か月間 入退院を繰り返す長い長い日々に
  ピリオドをうつことが ようやく出来た。

  退院後は、毎月 腫瘍マーカーと肝臓の状態をチェックするために
  血液検査をしに 外来に通うこととなった。

  私の場合、卵巣ガンであるため
  CA125という腫瘍マーカーで調べられているのですが
  先生によっては 多少違うと思いますが
  その数値が 当時は(数年後に検査基準?が変わったみたいで)
  20以下(現在は30)だと正常値と聞かされていた。

  手術前、一番最初に検査した時
  私は 240 くらいだった。
  この数値で 卵巣ガンの疑いは大きくなっていたのである。
  もちろん、一過性のもので上がる人もいるし
  逆に 数値が上がらない人もいるらしいが
  手術後、15くらいに一気に落ちていた私は
  腫瘍マーカーが反応しやすいタイプだとわかった。

  だからこそ、毎月の検査結果はドキドキものだった。(7年経った今でも^_^;だが)
  数値が上がっていたら、それは
  再発ということだから。
  そうなると、即入院の日取りが決まるのだ。

  実際、私と同じ周期で抗がん剤を受けていたおばさん達の中に
  数値が上がり また治療の生活に戻られる方が何人もいた。

  6クール終了後は ほぼ一桁の数値だったが
  ある時、11という時があった。
  先生も「やや、高いけど、正常値内やから問題ないね。」と言った。
 
  このやや高い  というだけで
  不安はどんどん膨れ上がる。
  私は何でも、ジンクスを信じるタイプだから
    必ず、実家から自転車で 病院へ行く。
    実家の仏壇に手を合わせてから行く。
    検査前に必ずトイレに行く。

    待合で待ってる時は 何も読まない。
        ↓
  これは、数値が11に上がった時に 本などを読んでたからなのである......。
  実家療養を終え、自宅に帰ってからも 外来の日は
  実家に車を置き、仏壇に手を合わせ 自転車に乗り換えて行っていた。

  これを、4年くらいは、続けていた。
  それほど、いつまでも不安は取れなかった。
  再発は やはり怖かった。

  TVなどで 再発して亡くなられる人のニュースなどを見ると
  ブルーな気分になったりしていた。
  主治医のT先生からも
  再発ガンの恐ろしさは聞いていた。
  再発した時、今と同じように前向きにがんばれる自信がなかった。
  でも、再発したら やっぱり頑張るんだろうとも思っていた。

  一度だけ、再発の不安から、
  逃れられなくなり
  友達に 「私、大丈夫よな?」と
  メールを送ったことがある。
  ダンナさんには言えなかった。
  いつもそばにいて、支えてくれているのに
  私が弱気になるのは 悪い気がしたし、
  きっと、少なからずダンナさんも 私と同じ思いはしているだろうから。

  もはや、私とダンナさんは 一心同体だった。

  友達は、そのメールを見て
  「当たり前やんか!」と返事をし
  すぐに(私の)ダンナさんにTELをして 私の様子を聞いてきたらしい。
  そして、すぐ駆けつけてくれた。

  私はみんなに支えられている。
  私が弱気になっててはいけない。
  負けるわけにはいかない。

  それ以降、再発のことは考えないようにした。
  
  前向きに、前向きに。

                                    次回へ

  
  

    ガンと闘っておられる方、再発の不安と闘っておられる方を
    応援しています
072.gif
    応援ポチッをお願いしますm(__)m
         ↓↓↓
     にほんブログ村 病気ブログ 女性・婦人科の病気    へ
  ありがとうございます053.gif
[PR]
by oreihuzusakay266 | 2009-11-29 16:54 | 今、命ある奇跡 | Comments(4)